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宮井典子さん
宮井典子さん

父の介護が終わり、東京に出てきて半年後、体の変調に気づいた。以前より疲れやすくなった。風邪もひきやすくなった。眠れない。食欲もない。症状は徐々に悪化し、座っていることすらままならなくなった。一日中ベッドの上で、ただ横になって過ごす毎日。ふと、母の記憶がよぎった。母は亡くなる数年前に膠原病と診断された。調べると、それは遺伝する可能性があると書いてあった。きっと私も同じようになるんだ。仕方がないことなんだ。私の人生も、もう終わったんだと思った。

宮井典子さん
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「お母さんの時とは時代が違うから安心してください」膠原病予備軍と診断された時、先生から言われた一言で救われる思いがした。それからは生活制限、運動制限、食事の改善に取り組んで、少しずつ体調も戻り、最低限の身の回りの世話は自分でできるようになった。そして、ずっと心配して気にかけてくれていた前の職場の上司と結婚。常に倦怠感と隣り合わせの私の生活を、彼には随分とサポートしてもらった。

宮井典子さん
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結婚の翌年には子どもを授かった。でも、実は、子どもを持つことには不安があった。いつか同じ病気になってしまうんだろうか。今の体力で子育てなんてできるんだろうか。そんな心配とは裏腹に、妊娠中は体調も良く、嘘のように症状もなくなった。なんて楽なんだろう。少しくらい寝不足でも、関節も痛まない。私、治ったのかも。産後4か月で仕事を再開し、これまで以上に精力的に働いた。心のどこかで、私はもう大丈夫だと思い込んでいた。

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5月のある日、長時間日光を浴びて、帰宅すると高熱が出た。翌朝も起き上がれず、40度を超える熱が続いた。鉛のように体が重い。顔は四角くボコボコと腫れてきた。蝶形紅斑も出て、いよいよ覚悟した。病院へ行き、自ら病名を口にした。「薬の量を減らしていけるように一緒にがんばっていきましょう。宮井さんならできるよ」先生の一言に、またしても救われた。それ以来、”今日は何もしなかった”という一日を理想にして生活している。パワフルな娘にはほとほと手を焼いているが、生きる元気をもらっている。母が亡くなる間際、私のことを「宝物だよ」って言ってくれた意味、今なら、少し分かる気がする。

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宮井典子 40代/ヘアターバンデザイナー

36歳の時に長野県から上京。その後体調を崩し、37歳で膠原病予備軍と診断、関節リウマチの兆候が現れる。38歳で結婚し、39歳で妊娠、出産。産後4か月で仕事復帰し、ピラティスのインストラクターとして精力的に活動。45歳の時にSLE、シェーグレン症候群を発症。現在は、病気や薬の副作用による髪の悩みに特化したヘアターバンをデザイン、販売している。

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最終更新日:2020年9月17日 MAT-JP-2002416-1.0

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